言語中枢は左脳に
吃音の原因論の一つに大脳半球優位説があります。言語機能は、大脳半球の有意差がはっきりしていて、左半球、つまり左脳が優位に働いているときは言語機能が正常に働くことがわかっています。この両半球(右脳と左脳)の優位性が乱れたり、優位差が少ないと言語機能に異常が起こり、吃音症状のような言葉の障害が出現すると言われています。
過去には左利きや両手利きに吃音者が多いとか、左利きをを右利きに変えるとどもるようになると言われたり、一時この説は大きな影響をもたらしましたが、その後の研究で吃音者と非吃音者との間の有意差が見られない研究結果もありほとんど取り上げられなくなってきました。
しかし、依然「どもる人の脳の働きには特別な何かがあるのではないか」と研究が進められ続けてきました。
2004年には、日本の研究者たちが、大脳半球優位説を裏付けるような研究報告を発表しています。
概要は下記の通りです。
成人吃音者を対象に、聴覚言語処理の左右聴覚野の機能分化について近赤外分光法脳オ キシメータ を用 いて測定 した。
そ の結果,吃音者群 は音韻 ・抑揚処理間の左右差が有意で なかった。個人内の検定では、健常右利き成人の85%で 音韻処理 が左脳優位と判定できるのに対し,成人吃音者 の80%は 左脳優位 を示さず、逆に右脳優位となる被験者も存在した。
上の図は、右が吃音の人、左が正常の人の両耳同時聴取テストの結果を表しています。図で右側に伸びている棒の長さが右耳(左脳)で聞き取った回数(左はその逆)を示す。正常者は明らかに左脳脳を用いていますが、吃音の人は、左脳と同様に右脳も使っているのがわかります。
吃音者ー右脳と左脳が発語をコントロール
あなたは、録音した自分の声が思っている声とあまりに違うので驚いたことはりませんか? なぜ、そんなに違うのでしょう?
私たちが発語した声は、口から出て空気伝導(音波)によって耳から聴覚神経に達します。そしてもう一方、口や顎等が振動して体の内部から、骨伝導によって直接内耳に伝わり、聴覚神経に達するルートがあります。録音した声は口から出た空気伝導の声です。普段自分が聞いている声は空気伝導の声と、骨伝導の声の両方が混ざったものなのです。そのために録音の声の違いに驚くことになる訳です。
ところで、骨伝導と空気伝導の声には時間差があります。空気伝導の声は、骨伝導の声より約0.01秒遅れるのです。吃音の人にとってこの時間差は非常に重要です。正常者は、発語のために自分の外からの声を聞くという左脳を働かせていますが、吃音「の人は、どもることを恐れて口や唇、のど等発語器官の感覚に注意を向け、意識的に発語を調整しようとしています。つまり、右脳の働きである内部の感覚に注意を向け無意識の自動的な発語運動(左脳が主導)を、手動で意識的にコントロールしようとしているのです。
無意識的に自動化された発語運動を、意識的にコントロールしようとするために、口や唇、舌等はぎこちなくなり、つっかえたりもつれたりして、自然な動きができなくなってしまいます。すなわち、吃音症状が現れるのです。さらに、このどもった声を0.01秒後に外からの声として聞くことになり、そのどもった声に対しても、本来の自動制御のシステムが働いて、次の発語運動を制御しようとする。つまり、左脳と右脳の両方が発語を同時にコントロールしようとして、主導権を争う状態になってしまい、ますます発語は混乱することになるというわけです。